大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和39年(オ)773号 判決

上告人

弘南バス株式会社

代理人

矢野範二

ほか二名

被上告人

小野慶三

ほか一名

右両名代理人

今井敬弥

ほか三名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人矢野範二、同倉地康孝、同高橋茂の上告理由第一、三、四点について。

論旨は、要するに、上告会社が被上告人らに対してした本件懲戒解雇の効力を否定した原審の判断は、上告会社の就業規則二〇九条、民法一条三項の解釈・適用を誤つたもので、ひいて憲法二八条、二九条に違反する、と主張する。

しかし、原判決を通読すれば、原審は、その認定にかかる上告会社主張の解雇理由(2)(無許可集会)および同(4)(その他の秩序棄乱、業務妨害)の行為は、前記就業規則所定の懲戒事由に該当せず、また、同(1)(ビラ等の掲示)および(3)(労働歌等の合唱)の行為は、右の懲戒事由に該当するが、いまだ解雇に値するものとはいえないから、本件懲戒解雇は就業規則二〇九条に違反して無効である、としたものと解される。

そして、原審挙示の証拠によれば、原審の認定は肯認しえないものではなく、右判断は相当として是認しうる。

したがつて、法令違背の論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する事実の認定、証拠の取捨判断を非難するか、または原判決理由の傍論を攻撃するにすぎないものというべく、違憲の論旨も、その実質において、本件懲戒解雇の効力を否定した原審の判断の法令違背を主張するにすぎず、すべて採用できない。

同第二点について。

論旨は、支部長または副支部長の地位にある被上告人らが平和義務違反の争議行為に参加したことが懲戒解雇事由に該当しないとした原審の判断に、法令違背の違法があるという。

しかし、懲戒解雇は、普通解雇と異なり、譴責、減給、降職、出勤停止等とともに、企業秩序の違反に対し、使用者によつて課せられる一種の制裁罰であると解すべきこと、裁判所の判例とするところである(昭和三六年(オ)第一二二六号同三八年六月二一日第二小法廷判決、民集一七巻五号七五四頁参照)。そして、平和義務に違反する争議行為は、その平和義務が労働協約に内在するいわゆる相対的平和義務である場合においても、また、いわゆる絶対的平和義務条項に基づく平和義務である場合においても(ちなみに、上告会社主張の争議妥結協定および細目協定は、紛争解決に関する当事者のたんなる心構えの相互確認の域を出るものではなく、いわゆる絶対的平和義務条項ではありえない。)、これに違反する争議行為は、たんなる契約上の債務の不履行であつて、これをもつて、前記判例にいう企業秩序の侵犯にあたるとすることはできず、また、個々の組合員がかかる争議行為に参加することも、労働契約上の債務不履行にすぎないものと解するのが相当である。

したがつて、使用者は、労働者が平和義務に違反する争議行為をし、またはこれに参加したことのみを理由として、当該労働者を懲戒処分に付しえないものといわなければならず、原審の判断は、右とその理由を異にするところがあるが、けつきよく、正当であつて、論旨は採用できない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(横田正俊 田中二郎 下村三郎 松本正雄 飯村義美)

上告代理人矢野範二、同倉地康孝、同高橋茂の上告理由

第二点 原判決は次に述べるとおり労働協約の平和義務の存在及びその効力につき判断の誤りがあるので、法令違背を免れない。

一、原判決は、上告人が本件懲戒解雇の対象となつている被上告人らの行為は、組合との間に締結された昭和三四年三月一〇日付争議協定及び同月二五日付の細目協定によつて生ずる昭和三四年三月三一日までは争議行為に訴えない旨の絶対的平和義務に違反する組合の争議行為に参加することによつてなされたものであるから、その参加の程度、行為の態様に応じその責任を免れないと主張したのに対し、「仮りに会社主張のような争議妥結協定および細目協定がなされ、これを会社主張のように絶対的平和条項であると解しうるとしても、これに違反する本件争議は組合の債務不履行責任を生ずるにとどまり、個々の組合員に関して争議行為の正当性を失わせるものではない」として、右主張を斥けた。

しかし、労働協約は労使が自主的に設定する法規範であるから、有効期間中は労使がこれを尊守すべきことは当然である。従つて平和義務に違反する争議行為は、法規範の設定それ自体と矛盾する、いわば自殺現象として、それ自体全面的に違法な争議行為となり、刑事上、民事上の免責をうけえないというべきである(石井照久「労働法」一三二頁参照)。特に、争議行為は労使双方はもちろん一般公共にも多かれ少なかれ影響を被らしめるものであるから、労使が自主的にある期間内争議行為を行なわないことを約するときは、その合意の効果は単に当事者相互間のみならず、公共にも及び、いわば対世間的効力すなわち協約当事者相互間のみならず、いわば一般公共に対する義務のごときものを発生するというべきであるから、このような義務を自ら設定しながら、これをじゆうりんすることは、公共に対する違反というべく、また争議権の濫用であることはいうまでもない(柳川真佐夫「平和義務と平和条項」労働法大系第二巻一六七、八頁参照)。

従つて、原判決は平和義務の効力について明らかに判断を誤つているものというべきであるから、法令違背を免れない。

二、原判決は、上告人が被上告人らは有効期間中の労働協約の改訂を企てる組合の争議行為に参加したので、協約に内在する相対的平和義務に違反するから、その参加の程度、行為の態様に応じ、その責任を免れないと主張したのに対し、協約第八三条(乙第三一号証)が「本協約の有効期間は調印の日から昭和三五年六月七日迄とする。期間満了後一ケ年を限り有効とする。但し、期間内でも両者の合意により変更することが出来る。」と定めているのは、協約の有効期間は調印の日たる昭和三三年三月一八日から昭和三五年六月七日までの約二年三ケ月であり、その後の一ケ年は自動延長期間であつて、この期間については次期労働協約締結の団体交渉およびその裏付けとしての争議行為の認容が予定されているものというべく、相対的平和義務は同期間については存せず、右有効期間についてのみ存するとし、本件争議行為は右有効期間満了以降における労働条件を定むべき労働協約の締結(協約改訂)を目的とするものであつて、これが有効期間中の昭和三五年三月二一日以降になされたからとはいえ、有効期間満了の約二ケ月半前であり、有効期間満了の相当の期間前になされたものというべきであるから、相対的平和義務に違反するものでないと判断した。

しかし、先ず右判断は協約の本来の有効期間を自動延長期間と解釈した点において、法令違背を免れない。そもそも右協約は、昭和三三年三月一八日本件組合の前身たる「弘南バス従業員労働組合」と「弘南バス労働組合」とが統一した際に、両組合の協約条項を取捨選択して締結されたものである。しかして、右協約第八三条の規定は、「弘南バス従業員労働組合」の協約第八〇条が有効期間について「本協約の有効期間は調印の日から昭和三四年三月七日迄とする。期間満了後一ケ年を限り有効とする。但し、期間中でも両者の合意により変更することがある」と定めていたのをそのまま受け継いだものである。その際、右協約の締結が「弘南バス従業員労働組合」の協約が締結されてから、約一年近く経過していたことから、「弘南バス従業員労働組合」の協約が有効期間について「本協約の有効期間は調印の日から昭和三四年六月七日迄とする」と定めていたのを、厳密に右調印の日との関連で調整することなく、そのまま一年先に延長して昭和三五年六月七日までと改めたのである。これに対し、「弘南バス労働組合」の協約第七七条は有効期間について、「本協約の有効期間は調印の日から昭和三四年四月九日までとする。期限満了前にいずれか一方より改訂の意思表示がなされても新協約が成立しない時は期間満了後六ケ月に限り有効とする。但し期限内でも両者の合意に依り変更することが出来る」と定めていたが、これは新協約には受け継がれなかつた(乙第九九号証)。

右両規定を対比すれば、両者は全く異なる趣旨のものであることが一目瞭然とする。「弘南バス労働組合」の協約の規定は、新協約締結の合意が成立しない場合に、漸定的に協約の効力を六ケ月延長する趣旨であるが、これに反し「弘南バス従業員労働組台」の協約の規定、従つてこれを受け継いだ本件協約の規定は右のような自動延長規定でないことは明らかである。これは、締結の際の経緯からいつて、本来の効力期間を三ケ年と定めた趣旨であることは間違いないが、はつきりと三ケ年と定めることは組合とすれば上部団体に対する面子もあつて困るので、二年と一年に分けて規定すると共に、後の一年については当事者の合意があれば期限内でも改訂しうるように多少緩和されたものである。本件協約の規定もこのような趣旨のものであることは、本件争議妥結の際の中央労働委員会の仲裁々定もはつきりとこれを認め、ただ前述のとおり旧規定受継の際有効期間を調印の日との関係で厳密に労働法所定の三ケ年以内に調整しておかなかつたので、これを超える部分を無効とし、昭和三六年三月一七日まで本来の効力を有するものとしたのである(乙第三六号証の二)。原判決の判断するように解すると、改訂についての合意が成立しない場合に新協約が成立するまでのつなぎとして一ケ年も効力が延長されることになるが、これは全く常識に反する。いずれの協約をみても、通常延長期間は一ケ月から三ケ月位であり、前述の「弘南バス労働組合」の協約が六ケ月と定めていることすら極めてめずらしい例に属し、まして一ケ年というのは絶無である。

仮に百歩譲つてこれを自動延長期間であるとみても、自動延長期間については相対的平和義務が存しないとする原判決の判断は誤つている。けだし、平和義務は労働協約に本質的に内在するものであるから、協約が存在する限り当然平和義務も存在するとしなければならないからである。従つて、自動延長期間中であるからといつて、平和義務を特に緩和して考えなければならない理由は存しないというべきである(慶谷淑夫「労働協約における平和義務について」討論労働法第六四号参照)。

また更に右のように最後の一年間を自動延長期間であるとみても、原判決の認定するように本来の効力が満了する約二ケ月半前からなされた次期協約の締結のための本件争議行為が、有効期間満了の相当の期間前になされたとして、相対的平和義務違反とはならないとすることも誤つている。けだし、実質的にみれば次期協約の締結といえども、新協約を締結するのとは違つて現行の労働協約条項の改訂、変更によつて行なわれるものであり、従つてこれを現行労働協約の有効期間中に成し遂げようとして争議行為を行なうことは、その有効期間中に産業平和を保障しようとする労働協約の目的に反することは明らかであるからである。すなわち、争議行為によつて対抗される相手方としては、協約終了時まで、協約中の条件を主張し、その後においてのみ、条件変更の要求を受諾するか拒否するかの決定を実力行使によつて強いらるべき関係に立つのであるから、この時期までに行なわれた実力行使は、結局において平和義務の違反として評価さるべきである。殊に、この結論を認めない場合には協約期間中、そこに定められた協定の線に沿うて労使関係を安定せしめるという、労働協約の平和協定たるの性格は容易に破られることになるからである(吾妻光俊編「註解労働組合法」三四六頁参照)。特に本件の場合協約の有効期間が満了してもなお新協約が締結されるまで一ケ年の自動延長期間が存するとすれば有効期間満了前から争議行為に訴えなければならぬ理由はどこにもないというべきである。

以上いずれの点においても、原判決が労働協約の平和義務の存在を認めなかつたのは、労働協約の解釈を誤つたものというべく、法令違背を免れないというべきである。

なお、原判決は、仮りに本件争議行為が上告人主張のように協約改訂を目的とする点において相対的平和義務に違反する違法のものであるとしても、被上告人らは、単に車掌支部の正副支部長に過ぎず、組合の情宣により違法のものではないと信じていたことが認められ、かつこれを信じたことについては相当の理由があり、被上告人らに対し本件争議への参加を避止することを期待することは苛酷に失するので、その責任を問うことはできないとしているが、前述のとおり本件争議行為が相対的平和義務に違反するものであることは明らかであり、仮りに被上告人らが違法のものでないと信じたとしても、正副支部長という組合の責任にある地位についていた被上告人らがこれを信じたことについて相当の理由があつたとは到底認められない。従つて、原判決はこの点についても法的判断を誤つたものとして法令違背を免れない。

〈後略〉

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